なお & トラさんに勧められて、大橋力氏の「音と文明」を読んだ。副題「音の環境学ことはじめ」。総ページ数 602。参考文献数 254。社会学と生理学をベースに、様々な分野の研究成果をまとめあげ、「音の環境学」を考える学術書だった。
序文、一行目。インパクトのある文章で始まる。
物質の世界に必須栄養、例えばビタミンが在るように、情報の世界にも、生きるために欠くことのできない <必須音> が存在する
ドキッ、とする様な言説。納得する自分がある。確かに、無響室に人を 1 時間も放置すると人は神経に異常をきたす、と聞いたことがある。音の全くない世界を人間は生きられない。
本書は回り道を重ねながら、「人間」にとって必要な音に関する研究が少ないことを明らかにしていく。その過程で驚いたのが、第 9 章第 2 節における研究発表だった。一般に、人間は 20 kHz 以上の音を知覚できないとされている。CD の音が最大 20 kHz までしか収録されていないのも、この説に寄る。しかし、2002 年、大橋らは Inter-areal coupling of human brain function に「Multidisciplinary study on the hypersonic effect」というタイトルで論文を投稿し、20 kHz 以上の超高周波が人間に影響を与えることを示した。
以下、概要。
実験はスピーカーの見えない実験室に被験者を入れ、α 波を測定する。音楽は、超高周波を含む音源と含まない音源を交互に聴かせるが、被験者にはどちらの音源が今現在鳴っているか明らかにはされない。α 波が活性化する (高い値を取る) と、人は精神的にリラックスする。実験の結果、20 kHz 以上の音源を呈示後、平均 7 秒の遅延後に α 波は高い値を取ることが分かった。また、20 kHz 以上の音源をなくした後、α 波は高いレベルを保ちつつ約 100 秒間近く残留したのち急激に低下して低い水準に落ち着くことが分かった。
以上。
本書の内容を受け入れるかどうかは読者にゆだねられよう。とはいえ、人類発祥からギリシア文明、純正律に平均律、熱帯雨林でのフィールドワークから (当時) 最新のオーディオ・システムを使った実験まで、広い分野を横断して一冊の本に纏めた本書は、「音」について一度深く考えさせられることが多い。当たり前と思っていたことが、当たり前でない。そんな驚きとともに、知見を広めてくれることは間違いない。
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