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2017-01-23

精選版 日本国語大辞典 for iOS を買ってみた

2017-01-17 (火)、iOS 向けの「精選版 日本国語大辞典」が発売された。通常価格 7,800 円。2017-01-31 までセール価格 4,800 円。サイズは 319 MB。リリースしたのは物書堂。

日本国語大辞典は国語辞典で唯一の「大辞典」。OED (Oxford English Dictionary) と同じく、語義を頻度順ではなく歴史的成立順に並べている。そのため、今では使われなくなった用法が先頭に現れることも珍しくない。

最新第二版は 2000 年から 2002 年の間に刊行された。全 13 巻、別巻 1 巻。 50 万項目、100 万用例。この第二版の項目・用例に更新をかけ (プチ改訂?)、項目数を 30 万・用例を 30 万にまで「精選」したのが「精選版」(全 3 巻) とのこと。

「物書堂」は辞書アプリをメインに開発している会社。iOS の最新機能をすぐに取り入れるフットワークの良さがある。iPhone 6s から導入された 3D Touch や、iPad Air で使えるようになった Split View なども辞書系アプリとしては一早くサポートしていた (確か、新 OS がリリースされて 3 か月以内には出していたはず)。

あとがき

日本国語大辞典の名前は良く聞くけれど、十数巻もある辞書を買うお金もなければ置く場所もないので高嶺の花と思っていた。精選版とはいえ、日本国語大辞典が 1 万円以下で手に入ると知り、勢いで買ってしまった。辞書マニアには程遠いけど、辞書持ってるのが好きなのよね。面白い。

2012-11-10

clmemo@aka の文体

丸谷才一とあらえびす

2012-10-13、作家の丸谷才一 (まるや さいいち) 氏が亡くなった。享年 87。心不全とのこと。お悔み申し上げる。

このブログを始める時、悩んだのが文体だった。「だ・である調」の常体を用いるか、「です・ます調」の敬体を用いるか。口語調にするか、文語調にするか。

ぼくが文体の参考にしたのは、丸谷才一あらえびすだった。丸谷才一のエッセイは旧かなづかひを用いている。それでいて、軽快な語り口。最初は仮名遣いに戸惑うかもしれないけれど、一編、二編と読み進めると気にならなくなる。旧かなづかひを使う癖に、旧漢字を使わないのも読み易さに一役買っている。そして話はめっぽう面白い。こんな文章を書きたいと思った。

あらえびすは本名を野村長一といい、野村胡堂 (のむら こどう) というもう一つのペンネームを持っている。世間では野村胡堂の方が有名。あの「銭形平次捕物控」の作者ね。氏は音楽愛好家でもあり、数多い SP 盤を所有していた。レコードのエッセイを書く時に使っていたのが、あらえびすというペンネーム。ぼくはあらえびすの著書は「名曲決定盤」しか読んだことがないのだけど、何十年も前の録音なのに聴いてみたいとひきつけられた。ひきつけたのは、音楽の力じゃなくて、文章の力。彼の文章を真似したかった。

そんなわけで、このブログは旧かなづかひを交えた文体でスタートした。

ただし、その文体は今ではほとんど残っていない。第一に、ぼくが俄か旧かなづかひ使いだったこと。第二に、フィードリーダーでブログを読む時、このブログだけ旧かなづかひになっているのは読者に優しくないと反省したこと。書きやすさ・読みやすさを優先させて旧かなづかひは次第に減っていった。その名残は、時々、読者にここはゆっくり読んでもらいたいと思う箇所に現れる程度で残ってる。

常体/敬体の排除

もう一つ、clmemo@aka には大きな特徴がある。それは「だ・である調」の常体も「です・ます調」の敬体も使っていないこと。

「だ・である調」はなんか権威者ぶっている気がした。ぼくは自分のメモをブログとして綴っているのであって、こう上からの物言いはしたくない。他の人は、「だ・である調」で親しみある文章を書くことも出来るかもしれないけれど、ぼくには無理だと思った。

「です・ます調」はまどろっこしい。ブログ開始当初、ネットの技術的な話題を多く扱うと思ってた。技術的文章と「です・ます調」はあまり合わないと常々感じていた。

事実や技術を書くのは常体が良いかと思う。でも、常体は使いたくない。

で、常体も敬体も使わない文体で統一した。このブログで、引用文を除けば「だ・である」で終わっている文はない。「です・ます」で終わる文も一部例外 (コメントへのお礼等) を除いて書いていない。現在形・過去形を用い、体言止めや形容詞で終わる文でブログを綴った。

強いていえば、順接の接続詞に「ですから」ではなく「だから」を多く使うので「だ・である調」に近いと思う。でも、文末については頑なに「だ・である調」を排してきた。

あとがき

文体については、ブログを書き始めて二年目くらいからエントリーにしようと思ってきた。この度、丸谷才一氏死去の報を聞き、ようやっと記事にすることができた。

読んで分かる通り、丸谷才一・あらえびすといった両大家の文章には及びもつかない駄文を書いている。常体・敬体の排除も、書いてて時々しんどくなる。わざわざ、こんな文体にこだわる必要ってあるのかな? なんて疑問も浮かぶ。でも、これが clmemo@aka の味だから。そう自分を納得させながら、今日もブログを書いている。

蛇足

ぼくが持ってるあらえびすの「名曲決定盤」は 1981 年に中公文庫で出版されたもの。原著は 1949 年に出版された。一度、オリジナルの名曲決定盤を図書館で見つけてページを開いてみたけれど、漢字が旧くて読めなかった。ぼくが参考にしているあらえびすの文体は、現代向きに読み易くした 1981 年版であることを記しておきたい。

2012-05-21

自己紹介 〜 clmemo@aka の中の人間

コグレ・するぷのプロブロガー養成セミナーにおいて、読者は存外ブログを書いてる人のことを知らないもの。自己紹介すると、ブログに興味を持ってもらえることも... なんて話を伺った。

確かに、ぼくは 7 年間ブログを書いていて自己紹介に類する記事を書いたことがない。これを機に自己紹介を書いてみる。

自己紹介

本名・安宅正之 (あたか まさゆき)。香川県高松市生まれ。親が転勤族だったのと、大学を色々と移ったため、愛媛県・東京都・新潟県・広島県・京都府・神奈川県に住む。現在、神奈川県在住。

讃岐 (香川県) 生まれのくせに、麺類はそうめんとスパゲッティが好きで、うどんを食べなかった。大学時代に蕎麦屋でバイト。蕎麦が好きになる。その後、うどんの美味しさが分かる様になった。大学院時代・広島にて、尾道ラーメンを食べてラーメンも食べられるようになった。

ブログは 2 つ。趣味系の life@aka と IT 系/オーディオ系の clmemo@aka (このブログ)。

趣味は、読書と音楽鑑賞。基本インドア派。強いて好きなスポーツを挙げるなら水泳。速く泳ぐよりも、水の中に浸かっているのが好き。見るだけなら、高校野球とゴルフが好き。

読書を好きになったのは、小学二年生。じんましんで 19 日間入院。担任の先生がお見舞いに「エルマーのぼうけん」を持って来てくれた。何度も読んで、本が好きになる。図書館に入っては、ファーブル昆虫記やアシモフの子供向け科学ノンフィクションを読んだ。海外系のファンタジー・SF・ミステリーを好む。大学に入って、ライトノベルにも手を出す様になる。

エルマーのぼうけん (世界傑作童話シリーズ)
ルース・スタイルス・ガネット ルース・クリスマン・ガネット

4834000133
福音館書店 1963-07-15
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音楽に手を出したのは、かなり遅れて高校時代。当時、「クラシック・コレクション」という隔週雑誌があって、付録に CD が付いてきてた。この雑誌をきっかけにクラシック音楽にハマり始める。好きな作曲家はバッハ・モーツァルト・ベートーヴェン。古楽は多少、現代音楽はほんの少し聴く。クラシック音楽の次に好きなのは、ミュージカル、映画音楽。最近はジャズやポップスも手を出す様になってきた。日本人の CD はほとんど持っていない。

会社に入って、オーディオをやってる人達と友達になる。当時、ぼくはポータブル CD プレーヤーとアクティブ・スピーカー (PC 用) で音楽を聴いていたんだけど、本格的なオーディオ・コンポの音を聴き圧倒される。気がつけば、自分自身もオーディオ・システムを組んでいた。

パソコンを始めたのは、大学時代。インターネットがやりたくて、高校時代の親友と一緒に秋葉原へ。NEC の PC-98 CanBe を買う。最初はレポートを書くのがメインで、一太郎と ATOK 最高!! とか言っていた。当時のぼくはプログラミングが苦手で、Fortran 77 の Do ループが理解できない落ちこぼれだった。

大学二年の頃だったか? 論文をより奇麗に書くツールとして、LaTeX の存在を知る。この入力支援に EmacsYaTeX を導入 (当時は、まだ 日本語用の Emacs は Mule と呼ばれていた)。Emacs のカスタマイズに EmacsLisp に手を出して、プログラミングを勉強し始めた。なので、一番得意な言語は EmacsLisp だったりする。大学 4 年の頃に、YaTeX と双璧をなす LaTeX の入力支援 AUCTeX に手を出すも、日本語が通らないバグに遭遇。この修正パッチを送ったことがきっかけで、AUCTeX 派に転向。LaTeX がきっかけになって、今はなき UNIX USER 誌で二回特集を書かせてもらった。

ツールとして Emacs を愛するうちにパソコンも好きになっていった。当時困っていたのは、ATOK の口語入力。「だよ」と入力すると (口語入力モードで!) 「だ世」と変換候補が出てきて嫌気が差した。愚痴をこぼしたら、SKK の存在を教えてもらう。漢字の送り仮名の位置をユーザーが指定できるシンプルな漢字変換ソフト。ただし、シフト・キーを多用するので、小指が痛くてしょうがない。そこで噂を聞いたのが T-Code。漢字直接入力という方式の一つ。三度の挫折を経て、T-Code 派に変身。後に Google の TechTalk でライトニング・トークを行なう。

2002 年 1 月。Unix Magazine 誌に連載された高林哲氏の「横着プログラミング」で ChangeLog メモを知る。このメモ・ツールの検索用 EmacsLisp clgrep.el を作成 (あ、リンク切れしてる。直しておこう)。気がついたことは ChangeLog Memo (clmemo) に書いていく習慣を身に付ける。ChangeLog メモに書いていた「自分用のメモ」を外部に出すことを目的にブログを開始。それが 2005 年 4 月。それから、ずっとブログを書き続けている。

2007 年。当時のぼくはほとんど Linux をメインに使っていた。ノート PC は持っていなかった。ところが、会社の新人研修が 2 か月ほどあるという。この間、デスクトップ PC に触れない。そこで買ったのが MacBook だった。初 Apple 製品。その後、iPhone, iPad と Apple の製品にハマッてゆく。入社して多少財布に余裕が出たことから、ガジェット系にも手を出す様になった。

2011 年 10 月に会社を退職。少し体を壊しちゃった。今は次の就職先を考えながら、身体を治してる。できれば、プロ・ブロガーになりたいものだけれども、月のアフィリエイト収入が一万円を越えない状況なので、無理かなぁ。Kindle Store とかが日本上陸したら、電子書籍でも書いてみたいと思うけれども、まだ来ないかなぁ。身体も治ってきたので、就職活動でも始めようかなぁ。なんて今日この頃。

2009-04-02

【SPI・国語(長文)対策】冒頭で「煮詰まる」を見かけたら、その問題は飛ばせ

タイトルは半分ツリ。SPI いわゆる就職試験において、国語の長文問題を解く時のアドバイス。長文の最初の段落で「煮詰まる」という表現を見かけたら、その長文問題を後に回して次の問題に移ることをお勧めする。時間が余ったら、その長文問題に改めて取りかかればいい。

「煮詰まる」の罠

Yahoo! 辞書 (大辞泉) で「煮詰まる」を引いてみた。

  1. 煮えて水分がなくなる。「汁が煮詰まる」
  2. 討議・検討が十分になされて、結論が出る段階に近づく。「問題が煮詰って来た」

長文問題で「煮詰まる」という表現が出る場合、ほとんどは 2 番目の意味で使われる。「結論が出る」という意味だから、「煮詰まる」は本来文章の終わりの方で使われる。

ところが、時々、「煮詰まる」が文章冒頭で現れる。この場合、「煮詰まる」を「行き詰まる」の誤用として用いていることが大半。大辞泉でも、この誤用について解説が載っている。

近頃では、若者に限らず、「煮詰まってしまっていい考えが浮かばない」のように「行き詰まる」の意味で使われることが多くなっている。本来は誤用。

Yahoo!辞書 - に‐つま・る【煮詰(ま)る】 より引用

このやうな誤用をしてしまう「作者」は、日本語に明るいとは言えない。大低、これと似た誤用を他でも犯す。接続詞の使い方も変だったりする。長文が多くて、おまけに文章も捩れがち。「国語」の長文問題としては失格な文章と思っていい。

不幸なのは、こんな文章を読まされる受験生。まさか受験問題で「まともでない日本語」を読まされるなんて思っていないから混乱する。下手をすると、頭に血が上って残りの問題を解くのにまで支障が出てしまうかもしれない。

だから、「煮詰まる」という表現を冒頭で見かけたら、その問題は飛ばしてしまう方がいい。もちろん、文章冒頭に「正しく」煮詰まるを使う作者もいると思う。でも、リスクは小さい方がいい (飛ばしたら前の問題に戻れないタイプの試験の場合、しかたがないけれど...)。

就職試験

就職試験と、学生がそれ以前に受けて来た試験 (例えば高校受験や大学受験) では大きな違いがある。それは就職試験の質が玉石混淆であること。

就職以前に学生が受ける試験は、おしなべて質が高い。特に受験用の問題は、委員会を作って一年かけて作成している場合すらある。だから問題の一つ一つに至るまで、何人ものチェックが入っている。長文問題でも、課題長文の選定に長い時間をかけている。間違っても、日本語の誤用を含む文章を課題文に選ばない。

一方、就職試験は一年もかけて試験を作る手間なんかかけない。多くは、試験を作る会社に作成を依頼している。一部は自社で (人員もいないのに) 試験問題を作っている。ほら、玉石混淆な試験ができるプロセスが見えてきた。

非道いところは、問題文の日本語すら「中学生の作文か?」と見間違う。

学生は今まで質の高い試験ばかり受けて来たので、質の低い問題を見た時、カルチャー・ショックを受ける。「国語」の問題を得意にしている学生は、さぞびっくりすることでせう。

あとがき

質が低いと思われる問題はスキップする。国語の長文問題の場合、課題文がまともな日本語で書かれていない問題が鬼門。できることなら、文章の頭で「まともでない」文章かどうかを判断したい。そこで、日本語の誤用を判断基準にしたいのだけど、文章冒頭に現れるだけでほぼ誤用と判かる例はそうそうあるわけじゃない。

今回は、たまたま「煮詰まる」という表現がその例にあたることに気付いたのでエントリーにしてみた。こんな例は他にもあるかもしれない。もし見つけたら、コメントなりトラックバックで教えて欲しいな。

追記: 質の低い問題を出す会社には入らなければいいじゃないか

残念ながら、一流企業でも質の低い問題を出す。というのも一流企業の一部は、選考プロセスに自社開発の問題を出すことがあるから。試験作成の会社が作っているのでない分、とき〜どき、変な問題が出来てしまうことがある (やうに思う)。

2007-01-14

コンピューター業界の「辞書順」に疑問

odz buffer さんの所でこんなエントリーがあった。

Computer Science の人間に「辞書順」が通じないと軽くショックですね。

odz buffer - 辞書順 より引用

なるほど、確かに... と流しかけて、ちょっと待てよと思った。

英語の場合なら、単語を辞書順に並べるというのは直観点で分かり易い。英々辞典 (例えば OED) に収録されている通りに単語を並び換えればいい。英語では、辞書順はアルファベット順とも言い換えられるし、大文字小文字を無視した ASCII 順と言っても的外れじゃあない。

でも日本語の場合、どうだらう。

日本語で辞書と言えば、国語辞書、漢和辞書、和英辞書、類語辞書が思いつく。

辞書によって単語の収録順が大きく異なる類語辞書や、見出し語をローマ字並びで並べていた旧い和英辞書は、コンピューター科学の人間が想定している「辞書」ではない。

やはり、国語辞書の並びを「辞書順」と呼んでいるのか。では、日本で有名な広辞苑を引いてみやう。

広辞苑では、見出し語が読みの順番で並んでいる。注意したいのは、アルファベットの見出し。例えば、「ABC」という見出しは、英語の「A」の項ではなく日本語の「え」の項目にある。つまり、英単語の読みを日本語の並びに組み込むのが国語辞書の並べ方。広辞苑以外の国語辞書も、同じ方式を採用している。

けれど、コンピューター業界でそのやうに単語を並べているのを見たことがない。

手近なマニュアルの索引を開いてみる (索引はコンピューターの文字並び換えの良い例だよね)。すると、まず英単語がアルファベット順に、次に日本語が五十音順に並んでいる。五十音が先でアルファベットが後な索引もあるかもしれない。何れにせよ、国語辞書の並びではない。

漢字の並びについて

蛇足ながら、漢字の並びについても一言。漢字で始まる見出し語を国語辞書のように並べるには、漢字の読みを考慮しないといけない (そのためにはフリガナが付いてる必要がある)。でも実際は、「辞書順」ではなく文字コード順に並べている場合が多いように思う。

※漢字の辞書といえば国語辞書より漢和辞書だと思うけど、漢字・漢単語を辞書順に並べる時に、漢和辞書の並びで見出し語を並べる人っているのかしらん :P

あとがき

日本語なら「辞書順」というより、「アルファベット順の後に五十音順」という方がよいのかなぁ。でも長ったらしいし... 「索引順」? でも、人によって思い浮かべる「索引」が違いそうで怖いなぁ。それから、中国や韓国での「辞書順」ってどうなってるんだらう。

コンピューター科学で何気なく使う「辞書順」という用語。これはアルファベットだけでしか通用しないのかもしれない。

2006-08-09

誤植はなくなったのか?

印刷業界には、誤植という用語がある。

昔の印刷では、「活字」と呼ばれる字型を組み合わせて「版」を作り、イモ版よろしく大量印刷を行っていた。いわゆる、活版印刷だね。例えば、「Wow」という文章は、「W」と「o」と「w」の三つの活字を、並べて版を作る。この時、木を植えるように活字を並べたことから、この作業を「植字」と言う。

「誤植」とは、植字で誤った活字を並べること (例えば「w」の替わりに「v」を使ったとか) を言う。

さて、現代の印刷に「活字」は使われない。例えば CTP (Computer to Plate) という方法では、電子原稿から直接刷版を作ることができる。この刷版は印刷機に取り付けるプレートで、活版印刷で言えば活字を組み終えた版に当たる。

してみると、現代の印刷物に、「活字」は使われず、従って「植字」作業もないことから、「誤植」という用語も存在しないように思われる。

現代の誤植

けれど、目の前の本に文字の誤りがあれば、ぼくは「あっ、誤植だ!」と叫んでしまう。ちゃんとした本でなくても、手元のインクジェット・プリンターで印刷したテキストに誤りがあれば、それも誤植と呼んでしまいそう。

どうやら、植字という工程がなくとも、誤植という用語を使うことに (ぼく自身は) 抵抗はないらしい。

そこで、Wikipedia を見てみた。

誤植(ごしょく)は、印刷物における文字や数字、記号などの誤りのこと。ミスプリント、タイポ(typo, typographical errorの略)とも言う。

もとは活版印刷の組版で間違った活字を植字してしまうことを指したが、活字以外にも広く用いられる。

誤植 - Wikipedia より引用

「印刷物における文字や数字、記号などの誤りのこと」「活字以外にも広く用いられる」とある。自分の持ってる「誤植」のイメージとぴったり。なんか安心した。

ブログの誤植

ところで、最近は更に誤植の適用範囲が広がっているらしい。例えば、こんな文章。

さっき漢直の方のブログで、「差異」を「差位」とした表記を見ました。でも果たしてこれは誤植なのでしょうか?

Libraria (意味は酒) - 鳳の感想と漢字表記 より引用

「印刷物」ではなく、「ブログ」。つまり、ディスプレー上に表示した電子テキストにも誤植という言葉を使ってる。

でもなぁ。流石に印刷物以外のものに誤植を使うというのは、ぼくの語感になじまない。それは、打ち間違い。入力ミス。タイポ。って言うんじゃないかしらん。

とはいえ、そんな電子テキストを印刷して読んでたら、それは誤植って呼んでしまいそうなのは確か。

印刷物を個人で簡単に作れるようになった為に、その版元のデータにも「誤植」という用語が適用されかけているのかな。誤植という用語の適用範囲がぼやけてきてるように感じる。

でも、そんな用法は、ちょっと、受け入れ難いなぁ。なんか気持ち悪いなぁ。「誤植」は印刷物だけの用語にしたいなぁ。

活字が死んだというのに、誤植は何で益々元気なんだらうね。

2006-07-13

メールで「明後日の予定」は書かないでほしい

今日 (2006-07-13) の午後、予定確認のメールを受け取った。メール本文はこんな感じ。

いよいよ明後日から○○が開催となります。

...可能な方は、少し早めに会場に来て頂き、会場設営その他を手伝っていただけましたら幸いです。

「明後日」って予定日の指定方法。困る。

後でメールを見返した時に、「明後日」っていつか分からないじゃないか! 明日 (2006-07-14)、このメールを読み直したら、明後日は 2006-07-15 かと勘違いしてしまいそう。今日以降、このメールを読む時は、「明後日」が何時を起点にしているかを知るために、メール・ヘッダーを調べなくちゃいけない。こんな手間を押しつけないでよ!!

メールの送り主は、メールを書いてる時を起点にしているから、明後日は何日か明白でせう。でも、読み手の事を考えて欲しい。「明後日」とか「3 日後」とか「さ来週の月曜」とか、さういった相対点な時間の指定方法は、送り手と読み手が同じ時間の起点を持っていないと意味を為さない。予定日は、日時を直接指定して欲しい。つまり、「○月○日に〜〜をします」と書いて頂戴!

そんな事を考えてメールを読み直したら、嫌なものを見つけちゃった。

------ Forwarded Message ------

(snip)

Date: Wed, 12 Jul 2006 15:19:57 +0900

転送メール! オリジナル・メッセージの送信日は昨日! ということは、「明後日」って「明日」かっ?!

追伸: 予定には「場所」も書いて下さい。会場が何処か分かりません (;_;)。

2006-05-20

フィードの前文掲載について |日本語|

どこかのコメントで、フィードの「前文」掲載についての質問があった。さて、「前文」って何だらう。

「前文」を辞書 (日本語辞典) で引いてみると、

  1. 前に書かれてある文章
  2. 手紙の書き出しの部分
  3. 本文の前におく文章

と三つの意味が列挙された後、参考項目として「序」「序文」が挙げられている。

RSS や Atom といったフィードでは、「前に書かれた文章」や「手紙云々」はナンセンスなので、「本文の前に置く文章」を指すのかな? ブログの本文の前に、前文を書いてる人は (普通) いないけど、これは所謂「概略」や「要旨」「Summary」と同じかな? なんて考えてしまう。

ちょっと意地悪だけどね :P

「前文」vs. 「全文」

コメントに「前文」って書いた人は、きっと「全文」を変換し損ねたんだよね。音が同じ「ぜんぶん」だから...

とっても嫌らしいのは、同じ音なのに、「全文」と「前文」で逆の意味になってしまうこと。同音異義語のチェックを、文脈を考慮してやってくれるツールはないかものかね ^^;

2006-05-11

「食中り」と「食当たり」

Gmail Chat が日本語インターフェースでも使えるようになったということで、知人から早速チャットが入った。といっても主に雑談。「今、アメリカにいる」だとか、「写真を撮る時間がない」とか。そんな話の流れで、こんな告白が。

初日に食中りを起こして...

大事には至らなかったさうで一安心。

そしたら、そこに訂正文。

(誤)食中り→(正)食当たり

あれ? 「しょくあたり」は「食中り」で合ってるよ。広辞苑をひいても、「食中り」しかないし。「食当たり」は、むしろ間違い。何故に、そんな間違いを?

そこで、Google で調べてみた。

  • 食中り: 31,600 件
  • 食当たり: 118,000 件

何と「食当たり」の方が多い。

不思議なのは、手近の漢字変換を使っても、「食中り」しか候補に現れないこと。「食当たり」は候補にすらならない。「食当たり」と入れてる人は、わざわざ辞書登録しているか、「しょく」と「あたり」で文節を区切って入力してるのかしらん。

漢字変換を入れてれば、「入れた手のお茶」みたいな文節の切り間違いや「この試用はおかしい」みたいな誤変換はあっても、手書きで犯すような漢字の間違いはないと信じてた。でも、そうでもないみたいね。こういう、日本語版スペルチェックみたいなのは、ないものかしらん。

2006-01-21

Google 電卓で「二歩」

ネタフルさんの [N] 「二歩」で検索すると‥‥ というエントリーから、Google 電卓の機能

を検索すると面積が表示されると知った。

さてはて、なんで「歩」で面積が表示されるのかと調べてみた。手元の日本語辞典には

  • [歩 (ぶ)] 〈名・接尾〉尺貫法の土地の面積の単位。一歩は一畝の三十分の一。六尺四方[=約三・三平方メートル]。一坪(ひとつぼ)。

とあった。続けて広辞苑

  • 土地面積の単位。1歩は普通、曲尺 6 尺平方で、1 坪に同じ。

とのこと。「ぶ」と読むのもびっくりなら、面積の単位ってのもびっくり。更には「ほ」という読んで

  • 一歩は、もと、左右の足をひとあしずつふみ出した、今でいう二歩の長さ (=六尺) をいう。

長さの単位でもあるとか。日本語って、奥が深い。

それから、太閤検地以前の地積の単位で「大」「小」「半」というのもあるとか。

  • 大: 1 段の 3 分の 2。240 歩。大歩。
  • 小: 1 段の 3 分の 1。120 歩。小歩。
  • 半: 1 段の半分。180 分。半分。

さすがの Google も、ここまではサポートしてない。ちょっと勝った気分。

ref

2005-10-10

「存知ます」は存じません |日本語|

「思います」を謙譲語で「ぞんじます」という。この表記で、「存知ます」と書くテキストを見かける。というか、昔は僕もそう書いてた。これは「誤り」ではないか? という記事です。

ことの起こり

2002 年 10 月。後輩のメールを添削をした。

面識のない方にメールを出すので、失礼があってはいけない、と、誤字・脱字・敬語のチェックを頼まれたわけ。ちょこちょこと直して返したら、「これ、何て読むんですか?」と聞かれた (後輩は隣の席だった)。彼のディスプレイを覗き込んで、読めないという字を確認。そこには存知ますと書かれてた。

ぼく: ああ、それは「ぞんじます」と読むんだよ。
後輩: こんな書き方しませんよ。
ぼく: 「存知」って書くでしょ。
後輩: いえ、漢字変換でこんな変換出たことないですね。

そう言って、彼が「ぞんじます」を変換すると、確かに候補に「存知ます」がなかった。

辞書で調べた

漢字変換にないからと言って、それが間違ってるとは限らない。常用漢字以外で、漢字変換されない用語はあるし、もしかしたら漢字変換の方が間違ってるかもしれない。

そこで、現代国語辞書を引いてみた。困った時の辞書頼り。

存知 (ぞんち)
〈名・他動サ変〉[文章語]知っていること。「その問題については、―していない」[類]承知 (しようち)

困ったことに、「存知」に関するエントリーは一つしかない。読みは「ぞんち」。動詞として使う時は、「存知する」「存知せず」という風にサ変活用の動詞になる。

「ぞんじます」というのは「ぞんずる」を丁寧にした形。「ぞんずる」は「ぞんぜ・ぞんじ・ぞんず、ぞんずる・ぞんずれ・ぞんぜ」のサ行変格活用。

「存知 (ぞんち)」が濁って「ぞんぢ」で、現代仮名遺い化しているのか? いやいや、「ぞんぜず」を「存知ず」とは書かないし、「ぞんずれば」を「存知れば」とも書かないぞ。「知」に「ぜ」や「ず」の読みがあるなんて聞いたことがない。

やっぱり、「ぞんじます」の表記は「存じます」であるべきだ。

当て字という反則技

ここまで記事を書いといて、広辞苑を引いてしまった...

存じ (ぞんじ)
(「存ずる」の連用形から。当て字で「存知」とも書く。謙譲語) 知っていること。思っていること。承知。「ご―の通り」

「存ずる」の連用形から。当て字で「存知」とも書く。って、そんなの反則だよ〜。

Google で検索すると、

  • 存じます: 4,740,000 件
  • 存知ます: 32,600 件

当て字の「存知ます」は、市民権を得ていると言っていいの? 悪いの?