見えないデザイン ~サウンド・スペース・コンポーザーの仕事~
井出 祐昭
ヤマハミュージックメディア 2009-01-24
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音楽に関する本は大きく分けて二つに分類できると思う。一つは音楽を「聞く」人達のための本。もう一つは音楽を「演奏する」人達のための本。前者には、音楽批評・CD 紹介・アーティストの伝記などが含まれよう。後者は、楽譜・ピアノの弾き方などなど。
本書は「音」を扱いつつも、音楽を「聞く」でも「演奏する」でもなく、もっと違った話題を扱う。今まで誰も書かなかったことが書いてある。だから面白い。
見えないデザイン
作者は井出祐昭。仕事はサウンド・スペース・コンポーザー。といっても、どんな仕事か分からないと思う。何故ならサウンド・スペース・コンポーザーという肩書きは井出氏の造語だから。じゃあどんな仕事かと言えば、「音」という目には見えないものをデザインするお仕事。その仕事の幅は広くって、パビリオンで流す音楽をコンセプトに合わせて選曲・プロデュース・録音したり、野外イベントにおいては風雨に耐えられるスピーカーの開発から手がけたり、オーディオ・システムに使うクリーン電源の監修をしたりしている。
元々ヤマハにいた人で、後に独立。EL PRODUCE の代表となり、より自由な立場で「音」に関わる仕事をしてきた。その仕事の軌跡を書いた半自伝が本書。
まず最初の仕事からして目から鱗。JR 新宿駅の発車サウンドを作ることだったという。これは JR の初めての試みで、「プルルル」という発車ベルをサウンドに置き換えようとしたものだった。これが言うは易く、行なうは難しで色々問題があった。小さな音量でも通る音 (大きな音はダメ)。「発車しますよ」という「注意」を促しながら、人が不快に思わない音。14 番まであるホームで別の音を鳴らすこと (でも音が重なって不協和音にならないこと)。長く聞いていても飽きないこと。これらの条件を満たすような「音」って存在するの? 素人的にはそう考えてしまう。そこを工夫した経緯が面白く書かれている。結局、300 近いサンプルを作ったという。
井出氏はパシフィックフローラ 2004 (浜名湖花博) の音作りにも関わった。コンセプトは「花が歓ぶ音楽」。そのために選曲して、足りない分は録音する。野外のイベントだから、風雨に耐えるスピーカーでないといけない。良いものがないから自分達で作る。花が主役だから、人の目につかないスピーカーのデザインが要求される。もちろんスピーカーの配置も考える。花博の中で、道すがら流れてくる音楽は、目に見えない努力の上に作られた。
ちなみに花博で使われた音楽は予想以上の好評を博した。現在 CD 化されていて、EL PRODUCE のサイトから買うことが出来る。タイトルは「天国を聞く音楽」。風邪で寝こんだ時、ぼくは 6 曲目の「うかれた水」という曲をリピートで流して寝た。これは水がコポコポと湧き出す音が収められていて、耳に優しく、自分の部屋が自然の中にあるように思えてとても良かった。
こんな調子で、表参道ヒルズや教会の音響に関わったり、日本一音が良いと言われる映画館「シネマ・ツー」の音響設計にたずさわったり、と「音」に関わる仕事をしている。
シチュエーションごとに違う課題に対して、井出氏がどのように解決策を出していったのか? それを知ると、思わずその場所へ行ってみたくなる。