身内や業界内では「あたり前」と思われてること。例えば「ブログ」とか「ソーシャル・ブックマーク」とか「Gmail」とか。人口に膾炙されすぎて、自分でまとめやレビューを書くのがバカらしく思うこと。そういうことのまとめ記事をあえて書くことのメリットについて。
まとめ記事を書く 7 つのメリット
- 業界外の人に説明する時の予行演習になる。
- あやふやな理解点が明確になる。
- 不完全な理解、誤まった事実認識に対して指摘・コメントが入る (かもしれない)。
- 現在、興味を持っている事柄のアナウンス効果。
- 万一の時の備忘録になる。
- 自分の意見の参照元になる。
- 散在する情報の集積地になる。
1. 予行演習:身の回りの「あたり前」に思うことって、存外身内ネタなことが多い。例えば「ブログ」一つとってもぼくの回りには、「ブログって自分のプライベートをネットに書くやつでしょ。私の名前まで実名で出さないでよ」と偏見を持ってる人がいる。そんな人達にブログとウェブ日記はどう違うの? と聞かれると (痛いところなだけに) 言葉に詰まる。いざ自分の言葉で話そうとすると、前後関係がゴッチャになって、肝心なことを言い忘れて、矢継ぎ早な質問に答えられずに、十分な説明ができずに歯噛みする。自慢話がスラスラ出るのって、何度も同じ話をして相手の反応を見て推敲を重ねてるから。自慢話ではないけれど、一度でも練習してるとあわてない。文章でまとめていれば、なおさらだと思う。
2. 理解: 説明を聞いてて相手の言ってることが分からない。そこで質問してみると、説明者自身も理解が曖昧なことが分かる。そんな経験はないかしらん。身内の話題では、自分の理解が不十分でも意図を相手が察してくれる。だから理解が不十分でも困らないし、指摘されることも少い。でも素人はそうじゃない。彼らは素朴に粗を突く。誰にでも分かるようにまとめることって意外に難しいもの。「まとめ」として書き出して、筋が通るように構成をしていくと自分のあやふやな理解点が見えてくる。そこで、穴を埋められると理想的だね。
3. 指摘: 穴を埋めたつもりでも、やっぱり間違ってた。古い規格を参照してた。間違いに気付かず X 年生きていた。etc. etc. etc... 親切な人が補足コメントを入れたり、手厳しいツッコミが入るかもしれない。トラックバックで新しい意見に出会えるかもしれない。あくまで可能性だけど、せっかくの可能性を拡げてみない?
4. アナウンス: あなたを良く知る人には、あなたが Gmail フリークなのは目に明らかなのかもしれない。でも、それをブログに書いた? 記事にした? もし書いたことがなければ、読者は誰もあなたのフリークぶりを知らないことになる。もしかしたら読者もうすうすと感づいているかもしれない。まとめ記事を書けば、効果的なアナウンスになる。新たなリピーターの発掘になるかもしれない。
5. 備忘録: ウェブ上で公開するメリット。ネットに繋がればいつでもチェックできる。自分の言葉でまとめてあると、探すのも楽だし読むのも楽 (楽じゃなければ自分が読んで 楽になる文章作りを!)。でも、備忘録としてまとめたことって忘れにくかったりする。案外それは目に見えないメリットかも。
6. 参照元: 質問には正確な答えを知りたい場合と、回答者の意見 (答え) を知りたい場合がある。「ソーシャル・ブックマークって何? 質問の意図が「ソーシャル・ブックマークを使ってみたい」なら、この質問は後者。通り一辺倒な答えより生の声を聞かせた方がいい。ネットで検索した集合知より、あなたの意見を: ぼくはこんな風に促えてる、使ってる、ここが面白い。コメント欄やメールに長々書くより、こんな記事を書いてるから見てみて、と言った方がスマートじゃないかしらん。記事になってれば、彼は (ぼくは) こういう意見を書いている、ってリンクを張れるし。
7. 集積地: 例えば参考記事へのリンク集。色んな所に残したコメントのまとめ。メーリング・リストや 2ch の長すぎる遣り取りの俯瞰。こういうものを作っておくと、主に自分が楽。特にリンク集は、ソーシャル・ブックマークが玉石混淆なリンクで溢れた時に重宝する。むしろ、ソーシャル・ブックマークの収集がつかなくなったら、まとめ記事を書く頃合なのかもしれない。
徒然と書いてみたけれど、どうかしらん。最後に、「あえて」書くまとめ記事は、読者より自分を大切にして書いた方が上手くいくような気する。
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