猫舌流英語練習帖 (平凡社新書)
柳瀬 尚紀
平凡社 2001-06
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一風変わった「英語」の本。特徴は「日本人が間違えやすい英語」に絞って解説している点。
第一章では、「I am 〜」の文法でどれだけ豊かな英語表現が出来るか教えてくれる。例えば「I am a Xantippe.」という英文。Xantippe を辞書でひけばソクラテスの妻と出る。この Xantippe、ソクラテスを罵った悪妻として有名。そこから訳文は「どうせ私は悪妻ですよ」となる。なるほど、英語は奥が深い。
第二章は第一章の復習問題。豊富な実例文を出して、読者の理解を深める。
第三章は前章まで触れた「about」「little」「with」「oneself」等の使い方を詳しく解説している。一例を挙げると、「A few swallows still wheeled about the walls, giving shrill little cries」。訳文はこうなる。「燕が数羽、なおも壁から壁へ旋回しては、甲走った鳴声をあげた」。作者はここで、「little」の用法を注意する。little は、特に形容詞の後ろに添えて、話者もしくは書き手の感情をこめる
(p.87)。知らないと、いろんな所で「小さな」と訳して意味を取り違えそう。
第四章は第三章の復習。特に辞書を引くことの重要性 (と失敗談) を書いている。
最後の第五章は長文に挑む。対象は「物語」ではなく「新聞」。物語と新聞では、使う英語も変わってくる。第五章ではイギリスの大衆向け週刊紙 The Weekly Telegraph から 2001-02-07 付けの記事を一本丸々取り扱う。たった一本の記事なのに、これでもかと誤訳しそうな例が飛び出すのは驚くばかり。
猫舌流について
本書は、翻訳家の飼い猫が執筆した設定になっている。これは夏目漱石の「わが輩は猫である」のオマージュ。ただし、単なるオマージュに終わらない所が本書の魅力。
英文を訳すには日本語のセンスも重要。漱石の文章を引きながら、その実例を示している。それも原書のままで。例えば第二章冒頭で引用する文章は次の通り。
鼠を捕るのは思つたより六づかしい者である。
ここで使われる「者」は「者」の旧字体。「者」を漢検 漢字辞典で引くと 2 つ目の意味に「こと。特定のことがらを指す」とある。前者、後者の「者」ね。最近の人はこういう用例では「もの」を平仮名書きするけれども、漢字を使うなら「者」なんだねぇ。ぼくも知らなかった。
辞書
本書は、「辞書を引け」「辞書を引け」と何度も訴えている。英語上達に辞書は欠かせない。
本書で登場する辞書も様々。OED, POD, American Heritage Dictionary, Merriam-Webster's Collegiate Dictionary, Merriam-Webster's Third New International Dictionary, Shorter Oxford English Dictionary。OED は別として、一冊は持っておきたいもの。
失敗談
最後に、第 4 章にある辞書びきの失敗談が面白かったので引用して、本エントリーを終える。
不細君はあるとき唐突に、守人にこう尋ねた。
——ユーエヌって、どこの国でしたっけ?
守人は即座に答えた。
——辞書を引け。
瞬時にそう返答したが、実はその瞬時の間に、守人の脳裏には次のような考えが渦巻いた。(中略)
守人は考えた。ユーエヌ? UN? ロシアのウクライナ (Ukraine; 英名ユークレイン) の属領? イタリアのウンブリア (Umbria; 英名アンブリア) にあった古代王国? アフリカのウガンダ (Uganda; 英名ユーガンダ) に生れた新興国? 見当がつかないので顔がゆーがんだ。
そのあと守人は、パソコンに収められている辞書や事典、書棚のありとあらゆる答書や事典を調べていた。インターネット検索も試みていた。しかし UN がどこの国かは突きとめることができない。
翌日、守人はさりげなく訊いた。
——ユーエヌ、分ったか。
——ユーエヌ? あ、国じゃなくて、国連よね。UK がイギリスだから、ふと UN がどこの国かと思って。
守人は絶句した。
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