「キーボード配列 QWERTY の謎」については一年前にレビューを書いた。けれど今読むと、レビューとして不十に思う。そこで、もう一度エントリーにしたい。
キーボード配列QWERTYの謎
安岡 孝一 安岡 素子
NTT出版 2008-03
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ぼくらがコンピューターのキーボードでよく見るキーの「ならび」。それを Qwerty 配列と呼ぶ。その配列は今から 140 年近く前に発明された「タイプ・ライター」に由る。ここまでは良く知られたこと。
そして少し詳しい人なら、次の二点もご存じと思う。
- 印刷工がよく使う文字を並べていたのを見て、参考にして配列を考えた
- 高速にタイプすると、バーが絡まってしまうので、わざと遅くなる配列にした
本書は、上記二点が俗説であることを明らかにしている。その方法は、1800 年代に提出された特許から 500 近い各種論文を参照している。特に、「特許」をちゃんと読むこと、そして当時の「タイプ・ライター (実機)」がどのようなものであったかを調査している点を強調したい。というのも「タイプライター」について語る人達のほとんどが、これらの一次情報源を参照することなく文章を書いているため。
さて、よく流布されている「わざと遅くなるよう設計された」という話が嘘ならば、色々な「謎」が生まれる。
- 「タイプ・ライター」の Qwerty 配列はどのように生まれたのか?
- 「わざと遅くなるよう設計された」とされる説は何時、どのような経緯で生まれたのか?
- 何故、「わざと遅くなるよう設計された」とされる説が広まったのか? (誤りが正されなかったのか?)
そして最大の謎。
- 何故、Qwerty 配列がタイプライターの標準配列となったのか?
第一の謎については、実はまだ分かりきっていないというのが答え。Qwerty 配列はタイプライターの発明から 10 年以上かけて複数の人間が改良を施した結果ということが分かっている。それを教えてくれるのは、当時の「特許」のみ。ある時は技術的な理由、ある時は特許忌避を目的に「変更」されてきた。特許は開発者達の心までは語ってくれない。しかし少くとも Qwerty 配列が、より良い配列を目指して作られたことは汲み取れる。
本書には複数の特許を参照して、配列変更の様子が示されている。ただ、配列の変遷を追うのは難しい。一か所に配列変遷を集めた資料がない (目次ページ前に 5 点の変遷図があるだけ)。幸い安岡氏がブログに変遷表を載せている (この変遷表は次の版で補記として入れて欲しいなぁ)。
「キーボードの歴史」にもある通り、QWERTY配列は、それぞれの時期で、複数のコンセプトに基づいて作られたものであり、一つの理由で説明できるようなものではない
。我々ができるのは過去の時の流れを追うこと位いしかないのかもしれない。もし、配列変遷の各々の意図を知りたいのであれば、本書はその答えを提示しない。せいぜい「特許忌避」程度くらいの目的しか分からない。他は、資料から読み解くしかないが、資料は開発者の意図までは語らない。そして当時の様子を知るには時が経ち過ぎている。
第二の謎「誤りの発生」については、1900 年代に入ってからの「発生源」と覚しき資料が提示されている。また、第三の説についての推論も面白い。歴史に興味のある方にはよい読み物になるのではないか。
そして最大の謎。「何故 Qwerty が市場を寡占したか?」については経済学的な見地から既に有名な学説がある。ぼくは本書を通してその学説を知った。経済学者も、「Qwerty 寡占」については「謎」と思っていたらしい。しかし、安岡氏はその学説も誤りだとする。何故誤りか? これは Qwerty 配列の変遷を調べた方法と同じ、科学史を研究する学者としてまっとうな手段に寄っている。すなわち、一次資料に当たり、当時の状況を正しく資料によって再現すること。
あとがき
本書は、「Qwerty 配列がわざと遅くなるよう設計された」という誤解を解くとともに、関連して浮上する謎を解明してゆく。科学者の端正な語り口であり、物語的な要素は少ない。けれど、Qwerty 配列というコンピューターにとって一番身近な存在に対する「謎」は、きっと読みだしたら読者を飽きさせないことと信じる。
最後に、本エントリーを書くきっかけについても書いておきたい。一つは、rubikitch 氏のエントリーであの本は「なぜQWERTY配列になったか」が書いていないらしい(書評より)のが残念です
とあったこと。確かに答えは書いていない。しかし、本エントリーでも触れた通り、それぞれの時期で、複数のコンセプトに基づいて作られたものであり、一つの理由で説明できるようなものではない
ことを知って欲しかった。ある意味、ない物ねだりだと言いたかった。それでも面白い読み物であると伝えたかった。
きっかけはもう一つある。「グラハム・ベル 空白の 12 日間の謎」という本。丁度、昨日読み終わったばかり (次エントリーの予定)。これは電話の発明者がベルでないとする衝撃的な本だが、その事実に至る方法は、一次資料に当たり、資料がどこから来たものかを調べ、当時の状況を再現するというものだった。科学史研究では基本らしいが、そのアプローチ方法が何度も強調されていた。そして本書を思い出した。アプローチ方法が同じだったから。そして過去エントリーを読み、本書のアプローチ方法について少ししか触れていないと反省した。
そういうわけでもう一度、レビュー・エントリーを書き直してみた。
ref
- clmemo@aka: Qwerty キーボード配列はどうやって生まれたのか?
- キーボード配列QWERTYの謎 | inquisitor (ぼくはこのレビューを読んで本書を知った)
- キーボードの歴史 - yasuoka の日記 (作者自身による配列の変遷表)
「一つの理由」とはちょっとちがうのかなどうかな、
ReplyDeleteひとつの制約条件だけでは決められないのは設計とかの常じゃないかなっと、、
http://kygaku.g.hatena.ne.jp/raycy/20101111/1289442997
ブログ拝見致しました。私のような素人よりも、ずっと詳しくキーボード配列の歴史について調べていらっしゃるご様子。素晴らしいと思います。
ReplyDelete> ひとつの制約条件だけでは決められないのは設計とかの常
ご意見ごもっともだと思います。
> 一つの理由で説明できるようなものではない
という安岡氏の意見は、raycy さんのように色々と調べていらっしゃる方へ向けて発信した言葉ではないと思います。というのも、私はこの本を読むまで Qwerty 配列は Sholes 一人が決めたものだと思っておりましたし、Sholes 自身の配列に変遷があったことも知りませんでした。どう思っていたかと言うと、「バーが絡みにくいようにする」という「一つの理由」で配列が決まったものと思っておりました。世間の人もキーボード配列について知っている知識はその程度なのではないでしょうか? 少くとも、私の周りではそう思っている人ばかりです。そういう素人に対して、「そうではないんだよ」という趣旨で書かれたものと私は推察しております。
@akaさん レスありがとうございます。
ReplyDelete「「バーが絡みにくいようにする」というのはキー配列決定への理由になっていない。理由から除外してよし。」
っていうのが安岡孝一先生説①②(明示的ではないが③)だったはずです。
①up-strike式は絡まなかった。
①´Sholes&Gliden、Remington No.2は絡まなかった。
②1873年3月ごろまでは、タイプバーの並びとキー配列には何の関係もなかった。
(以下、③は必ずしも明示的ではないが、)
③タイプバーの膠着固着以外のタイプバー間の相互干渉現象――接触、衝突、衝突音、打鍵作業手戻り等妨害現象、乗っかり衝突、リピーテッドレター現象、字型タイプフェイス打滅損、行並びアラインメント劣化、軸受け劣化等――は、タイプバー配置換えの理由にならない。
で、それらをどう思うか、っていうと、、
私は、少なくとも「一つの理由」ではあるのではないか、と思ってます。
(私の言う「隣接タイプバーの連続打字機会低減説」)
Darryl Rehr「QWERTY REVISITED」(on ETCetra No.38 / March, 1997/3)
http://www.aquaporin4.com/etcetera/ETC.38.pdf
「It appears that all Sholes needed to do was separate the letter pairs by at least one type bar. As long as they were not adjacent, they didn't clash.」
ETCetera
「一つの理由」と「バーが絡みにくいようにする」配列 - 葉仮名raycy - KliologY
Re;@aka said... 11/11/2010 06:44:00 PM - 葉仮名raycy - KliologY:
ちょっと訂正。
ReplyDelete少なくとも「理由の一つ」だと思う
ですね。
raycy さん、コメントありがとうございます。
ReplyDelete「バーが絡みにくいようにする」という話には 2 つの科学史的な問題があるように思います。
1 つ目は「誰がその説を唱え、その説が広まったのか?」、2 つ目は「キー配列を決定するに当たってバーの絡みは関連があったのか」という二点です。
1 つ目は科学史でも、社会学・歴史学的な側面の強い問題だと思います。p.158 に「活字棒の衝突の回避」は「1920 年代に...言及が見られる」と書いてあります。この頃は既に「バーが絡む」タイプライターが出ていて、この説を唱えた人が開発当初の特許等を調べてこう書いたのかどうか、私は疑問に思います。私は安岡氏の言う通り、(1)・(2) と当時の状況から考えて、ちゃんとした考証もせずに説が出ていたとしても不思議はないと思いました。
2 つ目は科学史でも、技術史的側面の強い問題だと思います。raycy さん等の研究結果などを見ると、なるほどタイプライターの開発に於て、「活字棒の衝突の回避」が配列決定の理由の一つになっていたのかもしれないな、と強く思いました。
ところで、1 つ目の問題ですが、最初の方は「活字棒の衝突」と言っていたのに最近私が読んだり聞いたりする範囲では「バーが絡む」と表現が微妙に変わっていることに今日初めて気がつきました。この表現の違いは、似ているようでいて、タイプライターの構造を考えると大きな違いですよね? どこで表現が入れ替わったのか、というのも科学史的に面白い問題だと思いました。
raycy さんのコメントで、「バーが絡みにくいようにする」という説には二つの側面から考えなければいけないのだなと考えさせられました。ありがとうございます。安岡氏の本では 2 つ目の問題についてほとんど取り上げられていませんが、この問題についても光が当たりより多くの人が気にかけるようになると良いですね。
Sholes & Glidden(S&G)は絡むという証言を、3人から得ています。
ReplyDeletehttp://qwerty-history.g.hatena.ne.jp/raycy/20110110/1294590061
①①'が言及する期間中で プロトタイプ期に もっとも近い時期のマシンであるS&Gにjamが認められそうなことから、その外挿・敷衍による”プロトタイプ期のタイプバーはjamらなかった”との推定は、支持する根拠を、失ったとみてよいでしょう。
③については、DRがCLASHINGも問題だといい、PWも似たような意見のようでした。
残る、②の typebarとkeyの配置関係性 ですが、A to Z配列時代には ワイヤーを介さず 直接タイプバーを蹴り上げるキックアップ式時代だったかもしれず ならば、配置関係性はワイヤー時代よりも強かったろうと思うので、、てんてんてん、、
途中です、、
ところで、jamり具合の進化状況を検討するのに対象となる重大変容時期は、Darryl Rehr(DR)によれば、1872あるいはそれ以前ということのようです。私も、サイエンティフィックアメリカンに載った配列1872年に至る以前のプロトタイプ機のjamり加減やら状態やらが、検討し論ずべき重要対象期間ではあると思います。
http://kygaku.g.hatena.ne.jp/raycy/20110112/1294769832
Sholes&Glidden(S&G)はjamるという証言を、3人から得ています。
ReplyDelete(本コメントは”最近のコメント”表示での文字化け対策です。)
あと、彼らは jam, jamming, jammed, get tangled up とは書いていても、日本語「絡む」とは言っていないので、変更させていただきました。
raycy さん、お久しぶりです。
ReplyDeleteSholes & Glidden のタイプライターが jam するという証言が 3 つあるというのは非常に興味深い事実ですね。
> Darryl Rehr(DR)によれば、1872あるいはそれ以前ということのようです。私も、サイエンティフィックアメリカンに載った配列1872年に至る以前のプロトタイプ機のjamり加減やら状態やらが、検討し論ずべき重要対象期間ではあると思います。
フムフム。とても参考になります。